一週間ぶりのご無沙汰です。Bluebirder*Sです。
志津川湾は、サケ漁の船が寄港する季節になりました。
さて、9年余りの歳月をかけてかさ上げや築堤など
復興工事が進められてきた南三陸町志津川地区に
広さ6.3ヘクタール。
この12日に記念式典が行われ、
13日から一般開放されます。
今秋には完成するということは知っていましたが、
式典などの日程も知らずにいた小生。
たまたま先日、
そんな完成間近という雰囲気に誘われるように
「公園」に設けられた「祈りの丘」を 散策してみた次第。
「丘」の上へは、螺旋スロープと直線的な階段でアクセス。
スロープには、地震の発生から津波の襲来までの時を刻んだ
金属プレートが埋め込まれていて、
らせん状の坂を登りながら読み進んでいくと
当日の様子が 生々しく思い浮かんできました。
地震発生から45分足らずのこと。
そして・・・
目の前で 巨大な津波が街を飲み込み、
家々を破壊し 流し去ったとしたら・・・
読み進むうちに、思わず身震いしてしまいました。
「丘」の上には、
町内800人を超える犠牲者の名簿が納められたモニュメント。
このモニュメントを挟んで
町に残る二つの震災遺構を望みます。
町職員ら43人が犠牲になりました。
目下、県が保存中。
そして、右には 観洋が保存する「高野会館」があります。
結婚式場だったこの建物は
ギリギリのところで327名の命を救いました。
散策した日、「丘」の中腹に置かれていた献花台・・・は、 10日に防災対策庁舎前に移設されました。
「祈りの丘」の麓には、JR気仙沼線「旧志津川駅」。
志津川高校からほど近い「駅」のホームに立ってみると、
震災前、
町内外の人たちに広く愛された 賑わいの街の存在は
もう ひと昔前のことになろうとしています。
ところで、
先日 語り部バスでご案内した仙台のお客様から
「商店街の商品 高いよねぇ」
「地元のスーパーで志津川名産のタコを買おうと思ったら
北海道産しか無くて驚いた」という声を聞きました。
商品に価格を上乗せしなければならない事情や
スーパーに地元のものが置かれていない背景など
改善すれば、遠方からの観光客だけでなく
地元でも広く支持される街になり
普遍的な賑わいを取り戻せるはずです。
また、かさ上げや築堤により分断された水の流れなど
志津川湾の環境を保全し私たちが住みやすい街にするために
改善すべき点も見えてきています。
公園の完成は、街 再興への一里塚。
「復興」の英訳は revival リバイバルで
この言葉は「復活」と「再生」も意味します。
Revival goes on 南三陸 !!
そして 賑わいの街を再び !!!。
そう願っているのは Bluebirderだけではない筈です。